浦和地方裁判所川越支部 平成8年(ワ)312号 判決 1997年9月25日
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告は、原告甲野に対し一一五二万四〇〇〇円、原告乙山に対し八六三万六〇〇〇円、原告丙川に対し一〇二三万円、及び、右各金員に対し平成五年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第1項につき仮執行宣言
二 被告ら
主文と同旨
第二 事案の概要
本件は、土地付建物売買契約の買主が売主である宅地建物取引業者に対し、不法行為又は債務不履行があったとして、それによって被った損害の賠償請求(民法所定の遅延損害金の附帯請求を含む。)をした事件である。
一 争いのない事実
1 被告は、宅地建物取引業を主たる業務とする会社であり、埼玉県所沢市の本店のほか、飯能市、狭山市、入間市などに支店を置き、主に埼玉県西部地区において住宅の分譲等を営んでいる。
2 原告らは、それぞれ自己及び家族の居住の用に供するため、概ね以下の約定にて、被告から土地付建物(以下、これらを総称して「本件土地付建物」という。)を購入した。
(一) 原告甲野について
購入年月日 平成五年八月五日
購入物件 別紙目録記載一のとおり
代金 四四五〇万円
物件引渡日 同年一〇月三〇日
(二) 原告乙山について
購入年月日 同年七月三一日
購入物件 同目録記載二のとおり
代金 四〇〇〇万円
物件引渡日 同年一〇月末日
(三) 原告丙川について
購入年月日 同年七月一〇日
購入物件 同目録記載三のとおり
代金 四二五〇万円
物件引渡日 同年一〇月末日
3 その当時、被告は、入間市三ツ木台に本件土地付建物を含む合計六棟の土地付分譲住宅を販売しており、住宅環境良好な場所である旨の物件説明をしつつ顧客を勧誘していた。本件土地付建物付近ではその程度は別として航空機騒音が存在するが、被告は、本件土地付建物売買契約締結に当たり、原告らに航空機騒音等について告げてはいない。
4 被告は、遅くとも昭和五九年八月以降入間市に隣接する所沢市に本店を置き埼玉県西部地区を中心に頻繁に宅地建物の売買、仲介を行っている宅地建物取引業者であり、前記土地付分譲住宅の販売までには逐次同地区に支店を開設していっている。
二 争点
1 原告らは、被告に次のとおり不法行為(民法七〇九条若しくは同法七一五条)又は債務不履行上の責任があると主張する。
すなわち、本件土地付建物所在地は航空機の離発着の航路直下にあたり、それによる騒音、振動、電波障害の著しい地域であるところ、宅地建物取引業者である被告及びその業務を遂行する宅地建物取引主任者らは、不動産売買契約に付随する義務として、買主に対し宅地建物取引業法四七条一号の重要事実の告知義務及び誠実義務(同法三一条)を負うから、本件土地付建物所在地が右のような地域であることを調査し顧客に告知する義務があり、これを怠った被告には、不法行為又は債務不履行上の責任がある。
被告は、原告ら主張の騒音等は受忍の限度内であり、しかも、原告らはその存在を熟知していたから、被告に責任はないと主張する。
2 原告らは、被告の右違法行為により、最低限度でも、次の損害を被ったと主張する。
(一) 自宅の防音工事費用
原告甲野につき八七二万四〇〇〇円、原告乙山につき五八三万六〇〇〇円、原告丙川につき七四三万円
(一) 慰謝料
各二〇〇万円
(三) 弁護士費用
各八〇万円
三 証拠関係《略》
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 《証拠略》によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件土地付建物の所在地である入間市三ツ木地区は、東京都下所在の在日米軍横田基地の滑走路中心から北側約七・五キロメートルに位置し、同基地を離発着する航空機の航路の真下に位置しており、それら航空機の離発着の際の騒音が大きい。環境庁は、昭和四八年一二月二七日告示一五四号をもって、公害対策基本法九条の規定に基づき、生活環境を保全し人の健康を保護するうえで維持されることが望ましい航空機騒音に係る基準を、本件土地付建物の所在地が該当する類型においては、七〇WECPNL(WECPNLは、「加重等価継続感覚騒音基準」の略で、航空機の離発着等の頻繁な実施により生じる音響の日常生活に及ぼす影響度を、その音響の強度、頻度、継続時間及び発生時間帯等の諸要素を加味し、夜間及び深夜における騒音に重みづけをして、一定の算定方式によって算出する航空機騒音の万国共通の評価単位である。)以下とし、その達成期間を「一〇年をこえる期間内に可及的速やかに」と定めている。
(二) 埼玉県環境部は、本件土地付建物から徒歩五分足らずの場所に位置する入間市立金子小学校屋上に常時測定地点(入間固定局)を設置し、その騒音ピークレベル等を常時測定しており、それによれば、平成元年度から平成五年度までの航空機騒音は八一ないし七八WECPNL(一日平均の騒音発生回数は三一・〇ないし二一・七回)で右基準値を超えており、入間市においても、右航空機騒音を同市の公害と位置づけ、これに関心をもって対処している。また、本件土地付建物の所在地を含む区域は、防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律四条に基づき、昭和五四年八月三一日防衛施設庁長官告示によって、航空機による騒音度が八五WECPNL以上の住宅防音工事対象区域に指定されており、同日以前に存在していた住宅については、その防音工事に国からの助成措置が行われている。ちなみに、この国による防音工事助成措置は段階的に範囲が拡大され、現在では七五WECPNL以上の区域を対象として実施されているが、本件土地付建物所在地はその中でも最も騒音被害が大きい区域として、最初に指定されている。
(三) 被告の依頼で株式会社環境総合研究所が前記常時測定地点から南方約四〇〇メートルの地点を調査地点として、平成八年六月一九日(水曜日。水曜日は、統計上騒音発生回数の最多の曜日である。)の午前六時から午後九時まで実施した航空機騒音の実測調査によれば、飛行回数は三五回、一回の騒音の継続時間は平均一六・八秒で、ピーク値の最大値は九三dBA、WECPNL値は七四であり、同研究所が本件土地付建物の所在地周辺に居住する一五五軒中戸別訪問によるアンケート調査に協力した八〇軒についてした航空機騒音等の調査結果では、そのうち五一・三パーセントが「我慢できる程度の騒音と振動」と回答し、航空機騒音により転居を考えたことがあるかについては、八八・八パーセントが「転居を考えない」と回答している。
(四) 被告は、平成五年二月以前畑であった本件土地付建物の敷地を含む一帯の土地を買収し、これを造成して六区画とし、それぞれにイージーオーダー方式で建物を建築し、土地付建物として分譲する計画を立て、同年五月ころまでに、現地を確認した原告らから購入の約束を取り付け、原告らと間取等を打ち合わせて建築設計をし、建築確認を受けたうえ国土利用計画法の事前確認を経て、同年七月から同年八月にかけて原告らと正式に本件土地付建物売買契約を締結した。原告らは、同年一〇ないし一一月に本件土地付建物の引渡を受けるまで、右騒音を理由に右契約の解約を申し出たことは一度もなかった。また、残る三棟の買主からは何ら騒音に関する苦情は寄せられていない。
2 原告らは、宅地建物取引業者である被告及びその業務を遂行する宅地建物取引主任者らは、不動産売買契約に付随する義務として、買主に対し宅地建物取引業法四七条一号の重要事実の告知義務及び誠実義務(同法三一条)を負うから、本件土地付建物所在地が航空機の離発着の航路直下にあたり、それによる騒音、振動、電波障害の著しい地域であることを調査し顧客に告知する義務があり、これを怠った被告には、不法行為又は債務不履行上の責任があると主張する。
確かに、右認定の事実によれば、右航空機騒音は、環境庁の基準値を超えており、公害として、原告らに本件土地付建物の利用上一定の支障を及ぼすことは否定できない。しかし、被告のような宅地建物取引業者が売主となる場合、宅地建物取引業者は、取引物件の権利関係ないし法令上の制限や取引条件については、宅地建物取引業法三五条所定の重要事項として、専門的立場から調査し買主に説明ないし告知すべき義務を負っているが、本件のような公害問題については、同条所定の説明義務の対象となっておらず、宅地建物取引業者が専門的知識に基づき説明ないし告知すべき事項とはいえない。もっとも、宅地建物取引業者は、事柄によっては、専門的知識に基づき説明ないし告知すべき事項ではなくとも、その職務が誠実性を要求される面からして買主に告知すべき義務を負う場合もあるといえるが、本件のような航空機騒音については、原告らとしては、被告から告知されなくとも、事前に調査し現地を確認する過程で本契約締結に至るまでに当然気付くべき事柄であり、本件土地付建物が横田基地からかなり離れており、基地周辺の騒音は本件当時既に社会問題化して公知の事実となっており、本件土地付建物周辺においては、騒音の程度も一日のうちのごく限定された時間で、その受け止め方にも個人差のあることを考慮すると、被告が本件土地付建物契約締結に当たり本件航空機騒音の存在を意図的に隠したとか、原告らが被告に購入物件の紹介を依頼するに当たり、その点について特に注文をつけたとかの特段の事情を認めるに足りない本件においては、本件航空機騒音について、被告が原告らに対し告知すべき法律上の義務があったとまではいえない。
したがって、被告は、原告らに対し、不法行為又は債務不履行上の責任を負わない。
二 結論
以上によれば、原告らの本訴各請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 河合治夫)